眠れない。
明日は、祥子さんのご両親に、結婚のご許可をいただきに行く日。そう考えると、祐巳はどうにも緊張して眠気がおこらないのだった。
遊びに行くたびにたいそう可愛がってくださるお二人だけど、結婚となったらどうだろうか。『小笠原の人間としてふさわしくない』とかいわれないだろうか。でも一緒に住むのは笑顔で許してくれたんだよね。「祐巳ちゃん以外に祥子さんの面倒をみれる人はいない」って。あの時は、祥子さん「人を世話の難しい珍獣みたく言わないで欲しいわ」ってむくれてたなあ。ふふ、結構可愛かった……Zzzz……
祐巳は眠れない、とのたまってから五分たらずで眠りについたのだった。
翌日、ぐっすり眠って元気いっぱいの祐巳は、小笠原邸を訪れていた。すぐに内向き用の比較的こじんまりした居間に通され、融小父さま、清子小母さまと向かいあう。もちろん、傍らにはいくぶん心配そうな表情の祥子が座っている。
「本日は、祥子さんとの結婚のご許可をいただきにまいりました」
開口一番、祐巳はすぱっと切り出した。先手必勝女は度胸。傍らの祥子のほうがはらはらしている。ご両親の方も少し驚いたようだったが、すぐに融小父さまがすっと顔を引き締めて、祐巳をじっと見つめてきた。
「祐巳ちゃんの言いたいことはわかった。だけど条件がある」
「なんでしょう」
祐巳も負けじと見つめ返す。その視線にはいつもながらの根拠ナシの自信が満ち溢れていた。うムその意気や良しとばかりにうなずくと、融小父さまは重々しく告げた。
「僕のことは『パパ』と呼んでくれたまえ」
「ぱ、パパ?」
「いや、祥子はあのとおり見栄っ張りだから、大きくなってからはパパと呼んでくれなくてねえ」
あ、ずるいわ、と今度は清子小母さまが身を乗り出してきた。
「じゃあ、私のことは、ママと呼んでね。私、祐巳ちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったのよ」
「ま、ママ」
嬉しいわー、と清子小母さまは祐巳に抱きついてきた。融小父さまも満足そうに傍らでうんうんうなずいている。一人面白くなさそうな表情の祥子。
「お二人とも、実の娘が目の前にいるのによくもまあおっしゃいますこと。それから、祐巳にべたべたしすぎです!祐巳は私のものなんですから、遠慮してください」
「それは違うぞ、祥子」
融小父さまはにやりと笑った。
「今まではともかく、今日から祐巳ちゃんは小笠原の人間だからな」
「祥子さんの伴侶というだけじゃなくて、私たちの子でもあるんですからね」
「な、なんですって」
怒りのあまりわなわなと震える祥子。あ、切れるぞ、と祐巳は思った。やはり雷は避雷針に落ちるのかな。まあいいけど。しかし、そのときもっとでかい避雷針がやってきた。祥子さまのお祖父さまがずばーんと扉を開けて闖入、こうのたもうたのである。
「おお、祐巳ちゃん、来ておったのか!祥子のところになんぞ嫁かずに、儂のところへ来なさ」
「チェストォー!」
祥子の怒りが大爆発。祖父対孫娘の対決は、小稿の扱う範囲ではないので割愛させていただくことにする。
「まったく、ライバルが減るどころか、ますます増えていくような気がするわ」
帰りの車の中でも、祥子はまだぶつぶつと文句を言っていた。機嫌はまだよろしくない。祐巳は苦笑しながら答えた。
「まあ、気持ちよくご許可をいただけたんだから、よかったじゃありませんか」
それに、と祐巳はフロントガラスを見る目を、ちらりと祥子の方へやった。
「いつも祥子さんの側にいるのは私なんですから、つまらない焼きもちはやめてくださいね」
子供じゃないんだから、と祥子主観では余計な事を付け加える祐巳に、「子供じゃないわ!」と反発する祥子であったが、次のように考えて機嫌を直すことにしたのであった。
(まあ、いいわ。たしかに祐巳の一番近くにいるのは私なんだから)
そう、このときの祥子は予想だにしていなかったのである。それから二年後、最大にして最強のライバル、我が子我が娘が誕生することを。