Trinity − 番外編 小笠原さんちの冴子ちゃん


 

 

今日は月に一度の小笠原邸での食事会の日。

いつものとおり少し早めの時間に到着した祥子達一行は、
客間のソファに座って食事の開始の知らせを待っていた。


――今日はなんと言って切り抜けようかしら…。

ふうっとため息をついて、祥子はソファの背もたれに身を預ける。

これまで幾度となく繰り返された問答が、また食卓に上るのかと思うと気が重い。
祐巳は、祥子さまがお好きなほうで結構です、と言うけれど。

祖父と父の融がしきりに主張するのは、
現在独立して都内のマンションに住んでいる祥子たちを
小笠原邸に同居させようという案だった。

祥子は今の生活に満足しているから、と毎回きっぱり断ってはいるのだが。
将来のことやら、生活のことやら、なんのかんのと理由をつけては同じ話を何度でも強引に勧めてくる。
終いには、小笠原邸内に勝手に祥子たちの住まいとなる部屋を増築してしまい、
それが今住んでいるマンションより数段広く、豪奢で機能的にできているから始末に悪い。

しかし、祖父や父の思惑はわかりきっている。
これほどまでに強引に同居を推し進めようとする理由はただひとつ――。


「ママ、こっちきてー」

――今年2歳になる冴子は、祐巳を「ママ」、祥子を「おかあさま」と器用に呼び分けている。
幼少ながら祥子譲りの美貌は際立っているが、
しぐさや表情になんともいえない愛嬌があるため、祥子のように硬質な雰囲気はない。
そして、知らずと周囲の空気を和らげてしまう天真爛漫さと不思議な影響力は、まさしく祐巳のそれだった。

冴子は今、鳥かごに指を突っ込んでは、カナリヤにつつかれそうになってきゃっと悲鳴を上げたり、
壁にかかった人物画に話しかけたりと忙しなく動き回っている。
そして祐巳は、冴子を大人しく座らせようと追いかけるのだが、すばしっこい冴子はなかなか捕まらない。
そんな二人の姿は、この上なく微笑ましくていとおしくて。

無論、祖父や父にとっても初孫であるからして。
それこそ目の中に入れても痛くないどころか、丸呑みにして食べてしまいたいほど
べたべたに溺愛しているから、一緒に住みたくて住みたくていてもたってもいられない、というのが現状である。
祥子の母親の清子にとっても可愛い孫だから、毎日冴子と会いたい気持ちは同じであるが、
さすがに祥子や祐巳の意向を慮って、無理に同居を勧めてきたりはしない。
しかし、無邪気な様子で、「でも、祥子さんはいつもお仕事でお帰りが遅いでしょう?
近頃物騒だから、マンションで冴子ちゃんと二人きりで待っている祐巳さんは心細くはないかしら」
などと、知ってか知らずか、祥子のもっとも弱い部分を突いてくるため、
祥子が篭絡されるのは最早時間の問題と思われた。


「おかあさま、たすけてー」
ふざけて祐巳から逃げ回っていた冴子が、花びらを撒き散らすような笑顔で祥子の膝に飛び込んでくる。
「こら、冴子ちゃんたら走っちゃダメだってば!」
冴子に続けて祐巳もまた祥子のもとに駆け寄ってきた。
「祐巳も走っているじゃないの。二人とも仕方がないわね」
そうやって、口では窘めながらも、溢れてくる幸福感と笑みを隠すことができない。
祥子の体に隠れるようにしがみつき、いたずらっぽい笑みを半分だけ覗かせた冴子に、
めっという表情を向けてから、祐巳はソファに座る祥子の隣にぽすんと腰を下ろした。

「まったくもう。落ち着きのないところまで似なくて良いのに…」
祐巳は不満げにぷぅっと頬を膨らませて嘆く。
こういう少し幼い可愛らしいところは、冴子を産んだ今でも変わらない。

「そうかしら。こんな小さな頃から落ち着いていたら不気味よ。
それに、私は冴子の祐巳に似たところはみんな好きよ。そういうところ、私に似なくて良かったと思うわ」

「そんな! 冴子ちゃんはお姉さまに似て、お顔はお人形さんよりキレイだし、
将来スタイル抜群になること間違いないし、利発で気品があって。
私みたいに、どこをとっても平均点ではなくて良かったと安心してるんです」

祐巳は、興奮するといまだに「祥子さま」が「お姉さま」になってしまう。

「祐巳、それは違うわ。貴女は明るくて、人の心を和ませる魅力があって、
顔だって私のような険がなくて、優しくて可愛い顔立ちだし、
体型は、腹立たしいけど、あの聖さまも保証する抱き心地で…」

「ママ、おかあさま」

いつの間にか、二人の膝に手を付いて冴子が見上げていた。
ちょっぴり不安そうな顔で。
熱く激しく互いを褒めあううちに、少し声が大きくなったようだ。

祐巳は、一瞬、我に帰った表情の後、すぐに笑顔になって。
腰をかがめて冴子の手を握った。

「びっくりしちゃったの?ごめんね。ママとおかあさまはケンカなんてしてないよ。二人ともすっごく仲良しだよ」

祥子は、そんな二人を引き寄せ、両腕に包みこんでそっと囁いた。
「そうよ。おかあさまは、冴子とママが、世界中で一番、大好きなの」

そう。二人と過ごすこの時こそ、祥子のかけがえのない至福の時間なのである。

 

 

おわり

 

 

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