Vesper 〜夕闇の帳にVenusの輝きを〜





「この薔薇の館とももうお別れかぁ」
 卒業式も無事終り一人薔薇の館を見上げて感慨に耽っていた。(皆はそそくさと帰っちゃったし!)
 卒業式の送辞は選挙を無事に終えて新しく白薔薇さまに就任した乃梨子ちゃん、ならば答辞はもちろん志摩子さん――――と思ってたのに・・・・・・。
「・・・・・・・・なんで私かなぁ?・・・・。」
 もちろんすんなり了承するわけも無く怪獣の子供よろしくギャースカ抗議したのだが、最後までイケイケGOGOの由乃さんと、無言で天使の微笑みを浮かべながら両手を握り絞める志摩子さんに負け(勝てる要素がどこにも無いし・・・・・・くすん。)結局答辞をするはめになった。
――なんだか最後まで皆のオモチャだった様な気がするなぁ・・・。――
 そんなことを考えながら歩いて行くうちにマリア像の前まで来ていたので、最後のお祈りをしていたら。
「祐巳」
聴きなれた、でもいつもドキドキする大切な人の声が後ろから聞こえてきた。
「お姉さま!!」
「ごきげんよう、祐巳。卒業おめでとう。」
「ごきげんよう、お姉さま!っていつ来られたんですか?」
「式の最初から居たわよ。目立たないところにね♪」
なぬ!・・・・・・全然気付かなかった。ってことはもちろん答辞も聴かれたんだろうなぁ・・・・。
「相変わらず顔に落ち着きが無いわね。まあそれが祐巳らしいといえば祐巳らしいけど」
そう言いながらちょっとだけ意地悪そうなお顔をされた。でもそのあと
「そうそう答辞きちんと出来ていてよ。卒業生の思いが皆にちゃんと伝わっていたわ。」
などと仰るから、ずっと我慢していた涙が一筋零れてしまう。
クス・・・。「ほら、泣かないの。」
『いらっしゃい。』と優しく抱き寄せ祐巳が落ち着いたのを見計らって、そっと手を差し出し
「帰りましょう。」
と少し顔を赤くされながら仰った。どうやら注目を浴びつつあったようだ。
まあそれもそうだろう、先々代と先代の紅薔薇さまが抱き合っているのだから。


 祐巳を自宅に送って行く為に車に乗せ今日の事を考えていた。免許はこの先必要だろうと高校卒業と同時に取得していた。なので祐巳とデートをする時は大抵車での移動が多かった。だって一緒にいる時間が多いにこした事は無かったから。
 卒業式には元々行くつもりではいたけれど、最初は式の始めから行くつもりではなかった。やはり卒業したとはいえ元紅薔薇さまが行けば多少なりと騒がれるのでは無いかという心配があり、もちろん自分自身が騒がれることが嫌というのもあったし、せっかくの祐巳の卒業式なのだから静かに向かえさせたかったのだけれど・・・・・・。結局は最後の晴れ姿が見たくて式の頭からあまり目立たないところで見守っていた。
「そういえば、答辞をすることなぜ黙っていたの?」
隣りでなぜかご機嫌の祐巳にちょっと意地悪をしてみたくなって尋ねてみた。
「へっ?・・・・・・。」
案の定一瞬固まった後百面相を披露している。
「どうして?」
今度は優しく尋ねてみた・・・・・・・が、
なんでそんなバツが悪そうな顔をするのかしら?
「うッ・・・・・それはぁ・・・ですねぇ。」
やっぱり聞かれたかぁ〜。聖さまの運転と違い比較的慎重な運転をされる祥子さまの横顔を眺めてご機嫌だった所にそんな痛い質問をされると―――。
「なぜ?」
「え〜と・・・いえ・・・・そのあの・・・・・・・・はぁ
 ・・・・泣いてしまうんじゃないかと思いまして・・・・。」
「泣き顔見られるのイヤ?」
「・・・・いえ・・・・お姉さまには今更ですが、やはり在校生や他のご家族の前ではちょっと・・・・・。」
(・・・・・じゃあ蓉子さまが卒業される時に送辞を読んで泣いた私はどうするのよ。)ちょっとだけムッとしていたら。
「あわゎゎ・・・・」
まずい・・・・おぉおっ怒ってる!・・・・・。
「いィ〜いえ、やっぱり送る側と送られる側は違いますし、あの時だって蓉子さまはきちんと答えておられたじゃないですか。」・・・・・・う〜んフォローになってない?
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
まあワタワタとしているかわいい姿が見れたから良しとしましょうか。
「クスッ・・・・。まあいいわ。それより1週間後に出発よね?準備はもう終っていて?」
さり気なく本題を聞いてみる。
「へっ?・・・・あっ。・・・・・・はい。もう終っています・・・・・けど。」
いきなり話題を変えられて、あまつさえあまり触れて欲しくないことをわざと聞いてこられるから反射的にウィンドウの景色を見る振りをして答えた。


 祐巳がお父さんの仕事に興味を持つようになって、建築の勉強をするなら留学をしてみないかと言われたのが去年の4月の半ばでその相談を5月の連休に祥子さまにし、その次の週に『本気で勉強したいのなら留学してみなさい』と背中を押してくださったのだ・・・・・・。おまけにその時、祥子さまに祐巳のことが好きだから姉妹では無く恋人として付き合おうと告白もされて、これには心底驚いて、でもずっと傍に居てもいいのだという約束を貰えた様で一も二もなく了承した、・・・・・のだけれど。


「もう、相変わらず『へっ』とか『あ』とか落ち着きのない。それに・・・・、返事をするならきちんとこちらを見なさい。」
 車を路肩に止めて祐巳の顎に手をかけてこちらを向かせながら言ったのだが、
「えっ・・・・・どうして泣いているの?」
こちらに向けた顔からポロポロと涙が零れている。
「えっ・・・あっスミマセン。」
「別に謝らなくてもいいのよ。そうね・・・・・・ちょっと寄り道をしましょうか?」
 祐巳の自宅に電話をして帰りが少し遅くなる旨の断わりを入れそのまま少しドライブをし、一度祐巳と来てみたかった河川敷の公園に車を置いた
「少し歩きましょう。」
 祐巳の手を引き、ちらほらと蕾が色付き始めた桜並木の遊歩道を暫らく無言のまま歩いていた。
すると先程の余韻で目がまだ少し赤いがお日さまの様な笑みを浮かべながら祐巳が話しかけてきた。
「桜が咲くにはまだ少し早いですねぇ。お姉さまそういえば、桜はお嫌いだったと思うんですが?」
だいぶ気分が上向きつつある声を聞いてほっとしつつ、
「ええ、そうね。でも祐巳と一緒に見る桜は素直に綺麗と思える様になったわ。」
そう・・・・・この子が傍らにいるだけで自ら隔絶していた狭く尖った世界が、広く明るく色付き丸みを帯びる。良くも悪くも私を揺さぶる、何者にも代え難い世界でただ一人の愛しい子。でも、この子は来週には私の元から飛び立ってしまう、自分の世界を広げる為に・・・・・・そして恐らく憶測だけど私の傍らにいても恥ずかしく無い自信を付ける為に。(あ・・・・・・ダメ今度は私が泣きそう。)誤魔化すために努めて明るく
「今度は満開の時に来ましょうね。
―――話は変わるけれどさっき泣いていた訳当ててみましょうか?」
潤んでいる瞳を見られない様に桜を見上げ、薄く色付く蕾の隙間から見える透き通る様な青空の中の太陽に目を細め手をかざした。


 まあ聞いてこられるだろうなとは思っていたけど、っていうかやっぱりバレてるんだろうなぁ。
「やけに自信が有り気ですね?」
「それはそうよ、だてに貴方のお姉さまをやって来た訳でもないし、それに今は恋人だもの♪」
「むぅー・・・・・。」
 そりゃあ・・・まぁそうなんですけどね。そんなに分りやすいのかなぁ?ヤッパリ自他(?)ともに認める(?)百面相の所為なのかな?
「・・・・・また顔に出てるわよ。良いじゃないそれが祐巳の魅力なのだから。」
「魅力・・・・なんですかね?」
「そうよ。それよりさっきの続きだけど、どうせ祐巳のことだから改めて家族から・・・それと私から離れてしまうことに不安を感じたんでしょう?大丈夫よ私は浮気なんてしないから。」
「いっいえそんな・・・・浮気なんて・・・・思っても無いですけど――――まあやっぱり不安です。」
「祐巳なら大丈夫よ、ああでも私に似た金髪碧眼には近づいてはダメよ。」
(お姉さま似のブロンドのグリーンアイズで性格がわがままお姫様かぁ・・・・・なんかいいなぁ。)
「・・・・・祐巳!!」
「うぇ?」うわ、やばっ!おおおっ怒ってる。
「ちっ違いますよ。私だってお姉さまだけですから、浮気なんてしませんよ。絶対!!」(・・・お姉さまを金髪碧眼にしたらどうなるのか想像しただけです・・・。でもヤッパリ艶やかな漆黒の髪にオニキスの瞳が一番!)
「本当に?」
「絶対です!!」
「・・・・・まあいいわ」
 その言葉にほっとしている様子の祐巳に
「それに私も来年にはそちらに行くわ。大学は一緒じゃないかもしれないけれど。」
「えっっ?」
「だって元々リリアンに残るほうがイレギュラーだったのよ。貴方が居たからリリアンに残ったの。」
「やっぱり私の為だったんですね。」
「いいえ、違うのよ。私が貴方の傍から離れたく無かったのよ。私が進路を決めなければならない時期には貴方の留学はまだ話しにも出ていなかったし貴方だってそんな気なかったでしょう?」
「はあ・・・。全く全然。」
「それにあの時、貴方の留学の話しが出ていたとしても、やっぱり私はリリアンに残ったわ。」
「なぜです?」
――――相変わらず察しの悪い子ね。
「・・・・・・分らない?」
うっっ、おっ怒ってる?っていうか拗ねてる?・・・・・でもホントに分んないし。
「はぁ・・・・・。すみません。」
「もう・・・・・だって結局は貴方が来るまで1年間は待たなければならないでしょ?
 そんなの嫌よ。/////」
「えっ/////」
「もうその話はいいでしょう?」
そう今は過去のことを話している場合ではない。
「ねぇ・・・・・祐巳。」「あの・・・・・お姉さま」
「なに?」
「いえ・・・お姉さまから。」
「早くいいなさい。」
「うっ・・・・・、では・・・・話を戻して申し訳ないんですが、先程もしご自分が留学することになっていたら1年待つのが嫌だとおっしゃったのに今回私が先に行くのは大丈夫なんですか?」
「そうね、矛盾してるわね。
 ・・・・・だからそれを今から話すのよ。」
一呼吸おいて祐巳の手を両手で包み込み
「ねぇ祐巳私たちがきちんとした恋人同士になってから10ヶ月くらいかしらね?」
「そうですねぇ、私が留学するかもとご相談したのが5月だったので大体それくらいかと。」
祥子が何を言いたいのか今一謎な祐巳は小首を傾げみる。
「でもね、前も言ったかも知れないけど私が祐巳の事が愛しいのだと気付いたのは、あの梅雨の時よ、でもきっとその前から恋していたのだと思うわ、だからもう2年くらい私は祐巳に恋をしているのよ。・・・・・・・・・・祐巳が好きなの・・・・・・・・・・・・愛しているの。」
「わわっ私もお姉さまのこと愛しています。」//////真っ赤!!
「ふふ・・・ありがとう。・・・・・でもね、取りあえずこっちを見てくれる?」
顔を真っ赤にし照れて目が合わせられないのかちょっとだけそっぽを向いていた顔を正面にする為に握っていた手をいったん放して顎をもってクイッとこちらを向かせてにっこりと祐巳の大好きな微笑みを見せながらもう一度両手を握り
「福沢祐巳さん愛しています。私、小笠原祥子と結婚してください。」
「結婚?へっ・・・・・・・・えっえええぇぇぇぇぇ!?」
まさかプロポーズをされるとは思わなかったのであろう祐巳は盛大な百面相を披露している。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「祐巳・・・・・・まだ返事を聞いて無いわ。」
断られる事は無いだろうと自惚れつつも、過去に1度ごめんなさいをされた事がある祥子は段々不安になり少し焦れて
「ゆみ・・・・・・Yes or No?」
祥子からの矢を心臓に受けて未だあたふたしていた祐巳だったがその焦りを含んだ言葉にハタと気がついて――あっ返事をしなきゃいけないんだった――やっと頭の配線がつながったようでこれ以上無理!というほど顔を真っ赤にして
「・・・・・・イっYesです。お姉さま。/////」
「聞こえなぁい」
「うっ・・・・・。」
 いつぞやの再現ですか。お姉さま!!
「イイッYesです。お姉さま。」
 顔が熱い・・・なんだか手まで真っ赤になってるような気がする。
「ふふ・・・・。ありがとう。・・・・・祐巳・・・・私、幸せよ。祐巳の傍に居られる、祐巳が傍に居てくれるこんな幸福な事は無いわ。」
 抱きしめながら祐巳の耳元で囁いた後、唇を掠める様な口付けを落とした。
「でもね、お姉さまは戴けないわね。ちゃんと呼んで頂戴。」
顔を真っ赤にしている祐巳があまりにも可愛かったからちょっとからかってみたくなった。
「うぇ?・・・・あっ・・・・えーと・・・・・おッさ祥子さま」
「・・・・・・さま?」おまけに最初の『お』は何?
「うぅぅ・・・・・・もう勘弁してください。」(絶ッ対からかってる!!だってお顔が悪戯する時みたいに笑ってるもん。)
ふふふ・・・まぁしょうがないわね。今日のところはここら辺で許しましょうか。
「さて、祐巳からOKは貰えたけれど・・・・。
 結婚は就職してきちんと生活できるようになってからとしても、せめて婚約だけでもしておかないと心配で祐巳を留学させれ無いわ。」
「さ・・・・祥子さま?」
そう言ってご自分のご自宅に電話をして二言三言お話された後、『では帰りましょう』と仰って祐巳を家まで送って下さったのだが、家に着いたら融小父様と清子小母様がいてびっくり、おまけになんとその場で結納の段取りを始めてしまってなおビックリ、あれよあれよと結納も無事滞りなく(?)終わり祐巳は晴れて祥子さまの婚約者になったのだが、なんだか呆然としていたらそのまま小笠原の家に連れて行かれてお爺さまにご挨拶とご報告をし、やっと落ち着けたのが祥子さまのお部屋で
「・・・・・・・・なぜに?」
 茫然自失とはこのことで、お部屋のソファーに座って優雅に紅茶を飲んでいらした祥子さまがボーっと突っ立っている祐巳を手招きして隣りに座らせた。
「なんだ今の状況に着いてこれて無い感じね?」
「はぁ・・・・・なんか・・・・こう・・・浸る間も、無かったっていうか。」
「そうね・・・・・・。
 ・・・・・ちょっと外を歩きましょうか?」
 外に出てみると、もう日は落ちていて夕暮れが黄昏色に染まっていた。
「綺麗ですね。」
「ええ。・・・・・ねえ祐巳。」
「はい。」
「ごめんなさいね。貴方には唐突だったかもしれないけれど、うちの家族と祐巳のご両親には大分前から相談して取りあえずの了承は得ていたのよ。後は貴方の返事次第だったの。先回りをして申し訳ないとは思ったのだけど、このまま何もせずに貴方を手放すことなんか出来なかったのよ。」
「祥子さま?」
祥子の声は段々と小さくなって
「祐巳と離れても大丈夫だという確かな証しが欲しかったの。貴方を笑って送り出してあげたかったのよ。・・・・・結局、私の我が侭に貴方を付き合わせてしまったの。―――――呆れてる?」
最後の方は小さく震えるような声だった。
「いいえ。」
 こんなにも愛されているのだ。祥子の告白を聞きながら祐巳も涙が零れそうだったのを必死に堪えて
「祥子さま・・・・・大好き。愛しています。」
抱きしめながら、でもきちんと聞こえるような声で伝えた。
「ありがとう祐巳。愛しているわ。」
 そう言って抱しめ合い、長い長い誓いの口付けを交わした。


 暫らくお互いの温もりに浸っていたが、そろそろ夜の帳が下りてきたので屋敷に戻ろうと顔を上げた時
「祐巳みて。宵の明星よ。」
 日が暮れた西の空に、明るく輝く金星が二人の未来を祝福するように暖かい輝きを放っていた。



 1週間後、空港で手を振り合う祥子と祐巳の左手の薬指には薔薇をモチーフにした真紅のルビーの リングがあの日の夕闇のVenusの様に光り輝いていた。

























〜余談〜

「行ってらっしゃい。祐巳!!」
「行ってきます。祥子さま!!」
ラブラブっぷりを周囲に撒き散らしながら機内に入った祐巳が見たものは、
「おっお父さん?!」
なんで父がいる?っていうかお母さん?
「だって祐巳ちゃんが心配だったし、ついでにお母さんと久々に旅行しようかという話になってね。1週間だけだよ一緒なのは。」
一緒が1週間だけということはそれ以上旅行するということか?
―――もうこの親狸は・・・・・・。祐巳が涙を堪えて行ってきますをした時やけに反応が薄かったのはこの為か・・・・・はぁ。そ・れ・と
「祐麒!!なんであんたまでいるのよ!!」
「ゆっ祐巳落ち着けなっ」
「だから!!なんで?!」
「祐巳お前は俺に1週間飯を食わずに餓死しろと!―――それに1週間で帰ってくるかも怪しかったんだぞ。」
いや、帰る気なさそうだよ祐麒君
「はあ・・・・・もう分かったわよ。」
「祐巳ちゃんほらもう出発よ席に着きなさい♪」
お母さんそんなにニコニコして言わなくても
「はぁ―――」
祐巳は盛大なため息をついて左手に嵌る指輪を見ながら(祥子さま早く来てくださいね。)と一人胸の中でつぶやいた。




End




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