ポートレートの中の永遠


 


「おめでとう!」
「おめでとうございます祥子さま、祐巳さん!」
 都内某ホテル、出席者からの祝福の言葉に満面の笑みでお礼を返す祥子さまと祐巳さん。
時にはすれ違ってしまったけれど、様々な困難を手をつなぎながら乗り越え、今日永遠を
誓い合った二人。
(おめでとう祐巳さん、祥子さま)
 祝福の思いを込め二人に、そして出席者に向けてシャッターを切る。そう、今日は小笠原
祥子さまと福沢祐巳さんの結婚式なのである。

ポートレートの中の永遠

 

「蔦子さん、お願いがあるのだけれど」
「何でしょう、祥子さま」
 私のスタジオに祥子さまが祐巳さんを連れて訪れたのは3月のとある日曜日だった。お二
人が自ら結婚式の招待状を持ってみえられたのだ。お二人が結婚されることは既に祐巳さ
んから聞いて知っていた。その時はさんざん惚気られたけれど。「蔦子さん出席してくれ
る?」「勿論出席させていただきますとも」そんな話を祐巳さんとしていた時、ふいに祥子
さまがおっしゃった。
「結婚式の写真撮影をお願いしたいのよ。ホテルからカメラマンを紹介されてはいるのだ
けれど」
「蔦子さんには撮影に関係なく出席して欲しいんだけどね。私と祥子さまが姉妹になるき
っかけを作ってくれたのは蔦子さんだし」
「そうね、あの写真が私たちのスタート。だからね、私と祐巳の新しいスタートは是非蔦
子さんに撮ってほしいの。他の誰かではなく蔦子さんに」
「分かりました。お任せください祥子さま、祐巳さん。お二人の記念すべき瞬間を余すと
ころなく永遠に残してみせます」
 言われなくても写真を撮るつもりだったけど、俄然やる気が出てきた。と同時にお二人に
これほどまでに思われていることに、嬉しさ半分照れくささ半分といったところか。


 リリアンを卒業した後、私は某出版社のカメラマンを数年勤め、今年晴れてフリーのカメ
ラマンとして都内に自分のスタジオを持つことができた。仕事は新聞社に入社された美奈
子さまが取材に引っ張りまわしてくれたり、祐巳さんから聞いたであろう祥子さまがたま
に回してくださったりして結構忙しい。私の妹という名の一番弟子、内藤笙子が私のスタ
ジオを訪れたのは、祥子さまと祐巳さんがスタジオに来られてからしばらく経ったある日、
事務整理まで手が回らず困っていた時だった。どこからか話を聞いてきたらしい。出所は
多分祐巳さんだろう。
「お姉様、何で私に言ってくださらないんですか!祐巳さまが仰っていました。妹は支え
だって。大切なお姉様が仕事で困っているのに何もできないなんて。私ではお姉様の支え
になれないんですか?」
 やはり祐巳さんか。高等部の時の茶話会を思い出す。心優しい親友はいつも絶妙のタイミ
ングでお節介をやいてくれる。
「そうじゃないのよ笙子。私はやっとスタジオを開いたばかりで私の腕が皆に認められた
わけではないわ。まだまだ苦労が多いし、やりたくない仕事もしなくてはならないかもし
れない。私だってあなたは大切よ。だからこそあなたに私のせいで苦労させたくないの」
「私はお姉様のためなら何だってできる。私がカメラの前で笑えるようになれたのはお姉
様のおかげなんですよ。お姉様がまたカメラの前で笑える私にしてくれたんです。だから
今度は私がお役にたちたいんです。大好きなお姉様のお役に。」
「笙子・・・」
「お姉様に教わった技術しか無い私ですから、撮影のお手伝いはあまりできないかもしれ
ない。でもお姉様のお傍にいたいんです。それに写真の現像やお留守番くらいならできま
す。お姉様と一緒にいられることが私にとって一番嬉しいことなんです」
「・・・」
「お姉様!」
「分かったわ笙子。私を手伝って。私の傍にいてちょうだい。」
「はい!お姉様」
 こうして彼女は私のアシスタントとなった。


 笙子はよく働いてくれた。私仕込みの丁寧な仕事ぶりに加え、リリアン仕込みの淑女然と
した受け答えに愛くるしい笑顔があいまって、スタジオに来るお客さんが急激に増えたよ
うだ。私が外での撮影から帰ってくると、お客さんと談笑している彼女をよく見かけたも
のだ。しかしスタジオを訪れる男性客の大半が笙子目当てであることが何故か気に入らな
かった。
(何故だろう。笙子の人気があることは嬉しいはずなのに。お客さんも増えるしいいこと
なんだけど)
 ファインダーを覗けば相手が何を考えているのかがなんとなく分かるのに。私は自分の心
を覗くのは苦手らしい。


「武嶋蔦子さん」
「あ、克美さま」
 ふいに呼びとめられて振り返ったそこに笙子の実姉、内藤克美さまがいた。
「ごきげんよう。相変わらず元気そうね」
「ごきげんよう。克巳さまこそ。ご無沙汰しております」
 久しぶりに会った克巳さまはスーツを着こなし、キャリアウーマンを連想させるいでたち
だった。
「久しぶりに会ったんだし、どう?そこの喫茶店でお茶にしない?」
「はい、お供します」
 私たちは近くの喫茶店に入った。テーブルにつき、少しだけ世間話をする。
「あの子ちゃんと働いているかしら」
「え?」
 突然ふられた話題に少しとまどう。
「笙子のことよ」
「ああ、はい、笙子はよくやってくれています。私が仕事柄スタジオを留守にすることが
多いので助かってます」
「そう」
「あの、笙子がなにか?」
「あの子、リリアンを卒業してからずっと元気が無いというか、したいことが見つからな
いというか、そんな感じだったのよ。両親も私も心配していたの」
「そうだったんですか」
「ええ。それが最近急に元気になって。私たちも不思議に思っていたのだけれど」
 それは初耳だった。確かにリリアンを卒業してから私は笙子とあまり会っていなかった。
 カメラマンという仕事柄、プライベートな時間があまり取れなかったのだ。
「蔦子さん、あなたのおかげね。どうしてもお礼が言いたかったの。どうもありがとう」
 そう言って頭を下げる克巳さま。思わず恐縮してしまう。
「あの子を笑顔にできるのは貴方だけなの。笙子のことよろしくね」
「はい」
 私にはそう答えることしか出来なかった。
 会計を済ませ、二人して外に出る。
「あ、そうそう蔦子さん、あの子卒業してからもずっとあの写真を大切にしていてよ」
「あの写真?」
「私と笙子で並んでチョコレートを食べている写真よ。マーブル模様の写真立てに入って
る。自分が写っているから少し照れくさいけどね。あの子毎日眺めてるわ。ごきげんよう」
「ごきげんよう、克美さま」
 マーブル模様の写真立て、それは私が修学旅行の時にイタリアで買ってきて、あの茶話会
の時に笙子にプレゼントした物だ。
「笙子・・・」
 去っていく克美さまを見送りながら、私は無意識にそう呟いた。


「笙子、今度の日曜日お出かけしようか。このところずっと働き詰めだし」
新緑がまぶしくなってきた頃、私は笙子をデートに誘った。
「うわー、嬉しいですお姉様。あ、でもその前に私したいことがあるのですが」
「何?したいことって」
「お姉様のお部屋のお掃除です。最近スタジオに泊まっていらっしゃるからお掃除してな
いでしょう」
 う、確かにちらかってはいないけど。
「二人でお掃除すればすぐに終わりますよ。それからお出かけしませんか?公私にわたっ
てサポートするのが私の役目です」
「はいはい。良いパートナーに恵まれて幸せだね、私は」
「それなら・・・いえ、なんでもありません。日曜日楽しみですねお姉様」
(なんだろう、今の切なそうな表情)
 笙子の少しだけ切なそうな表情を見て、私の胸が少しだけ締め付けられた気がした。


 日曜日。私の部屋をピカピカ?にした後、笙子と二人出かけた。目的地は別に決めていな
い。笙子と二人だけでのんびりと過ごしたかったから。
「あ、祐巳さまと祥子さま」
 反対側の歩道に仲良く手をつないで歩く二人の姿を見かけた。祐巳さんは満面の笑み。祥
子さまも優しく微笑んでいる。本当に愛しそうに。リリアンにいた頃なら間違い無くシャ
ッターを切っている瞬間。
「もうすぐ結婚式なんですね。お二人とも本当にお幸せそう」
 笙子がそう呟く。その横顔は切なそうで、羨ましそうで。二人を見つめる笙子の横顔を見
つめながら、私の胸に言いようの無い感情が沸き起こってくるのを感じた。
(何?この感じ。切ないようで、それでいて苦しいようで・・・笙子は私の可愛い妹で、
一番弟子。それは今も変わらない。それなのにこの気持ちは一体何?)
「お姉様?」
 私の視線に気付いたのか、笙子が小首を傾げながら私を見ている。
「何でもないよ。それより公園でも行こうか。久しぶりに写真撮ってあげるよ」
 湧き上がる感情を押さえ込んで言う。笙子に悟られないように。
「はい、お姉様!」
 私たちは再び歩き出した。


「お姉様、素敵でしたね祥子さまと祐巳さま」
「そうね」
「本当に嬉しそうでした。皆さんも笑顔でしたし」
「みんな嬉しいのよ。リリアンにいた時からずっと相思相愛だったお二人がついに結ばれ
たんだから。さあ笙子、帰ったらすぐにこの写真仕上げるわよ」
「はい!お姉様」
 結婚式からの帰り道、私はずっと考えていた。結婚式の撮影は今回が初めてではない。で
も今日のお二人の顔は今まで撮影したどのカップルよりも輝いていて、幸せそうで。いや
お二人だけではない。出席された方全員が良い表情をしていた。皆心から祝福していた。
確かに学園中の憧れだった祥子さまと皆から好かれていた祐巳さん。お二人の結婚を祝福
したいと皆が思うだろう。でもそれだけではないように思う。世間的にまだまだ珍しい同
姓婚。しかも相手は日本有数の財閥である小笠原のお嬢様。きっと数え切れないほどの困
難を克服した今だからこそ、皆が二人を純粋に祝福したいのだろう。
(私はどうしたいんだろう)
 私は隣を歩く笙子の横顔を眺めた。笙子は私の可愛い妹で、一番弟子で。
(最初はこの子の笑顔に惹かれたんだよね)
 笑っている笙子、怒っている笙子、拗ねている笙子、ロザリオを受け取った時の感動で顔
をくしゃくしゃにした笙子、私の前でみせる笙子の様々な表情が私の心の中のフレームに
納まっている。その一つひとつが可愛くて愛しくて。
(今は私にとって無くてはならない存在)
 この子は私を支えてくれる。私が寄り掛かりたい唯一の存在。この子が自分から手伝いた
いと言ってきた日、久しぶりに愛しい妹に会えたことと、変わらず私を求めてくれるこの
子の心に触れられたことで、私はただ嬉しかった。それと同時に大切なこの子にだけは苦
労させたくないと思った。スタジオは持ったものの、フリーになってからは留守にするこ
とが多く、この子を残していけばきっと寂しい思いをさせる。だからといって連れて行く
のは経済的に厳しい。スタジオを開いたことで貯金もたいしてあるわけではない。でも『お
姉様と一緒にいられることが私にとって一番嬉しいことなんです』というこの子の言葉を
聞いて私の心は決まった。笙子と一緒にいたいと。
(そうか。そうだったんだ。私は・・・)


「流石ですね、お姉様」
「ええ、今までで最高の出来ね」
 出来上がった写真を二人で見る。照れながらも笑顔の祥子さまとその傍で満面の笑顔の祐
巳さん。自分のことのように嬉しさ一杯の表情の出席者たち。
「これなんかいいんじゃないですか?体中から幸せが溢れ出ているようで」
「そうね。あ、これも捨てがたいわね。でも本当に幸せそうね。私の腕も上がったわ」
「お姉様ったら。今はご自分の腕に酔いしれている暇はないんですよ」
 今私たちはお二人にお渡しする写真を吟味している。あれもいい、これも捨てがたいとか
言いながら。
(調子に乗って少し撮りすぎたかな)
 そう感じなくはないが、笙子とじゃれあいながら写真を選ぶ作業は正直言って楽しい。
「こっちもいいですね。迷っちゃいます・・・あ!」
 写真を見ていた笙子の手が止まる。嬉しさと恥ずかしさ、そしてなぜこの写真が?と言い
たげな表情が祐巳さんの百面相のように次々と現れる。
「・・・お姉様・・これ・・・」
 笙子が手にしているのは山のような写真に紛れた一枚だけの彼女の写真。
「笙子が良い表情してたからさ。つい撮っちゃった」
 写真の中の笙子は嬉しそうで、でもちょっぴり切なそうで。視線は祥子さまと祐巳さんを
みているが、心は間違いなく私に向けられていたもので。一緒にいられることの嬉しさと、
いまだに姉妹という一線を越えられないことの切なさ、そして永遠を手に入れたお二人へ
の羨ましさ、そんな感情がごちゃまぜになった表情。
「今日お二人をみていて分かったことがあるの。笙子、私はあなたが好き」
「お姉様・・・」
「あなたの気持ちは分かっているつもりよ。カメラマンはね、ファインダーを覗けば相手
の心が見えてくるものなの」
「・・・」
「笙子、私の心の中のアルバムにはあなたの写真しかないの。リリアンにいたときから。
私はこれからもあなたの写真だけを心のアルバムに残したい。笙子、私と一緒にいてほし
い。パートナーとして、伴侶として、これからもずっと・・・」
「お姉様!」
 泣きながら笙子が私の胸に飛び込んでくる。私は両腕で笙子の体をしっかりと抱きしめる。
「嬉しい、お姉様。私ずっとお姉様の隣にいていいんですね。ずっと、ずっと一緒にいて
いいんですね」
「もちろんよ笙子。ずっと私の傍にいて。愛してる」
「お姉様、私もお姉様を愛しています」
 笙子を抱きしめる腕に力を込める。
「お姉様、バレンタインデーで初めてお姉様をお見かけした時から、ずっと好きでした。
嬉しいです。お姉様!」
「笙子、私も好きよ。私だけの笙子」
 愛しい温もりを感じながら私は誓う。これからはこの子の全ての表情を私の中に収めてい
こうと。決して色褪せることの無いように。大切なパートナーとして、伴侶として。
 永遠に。



おわり

 

 

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